2009-11-07(Sat) 14:35:22
ネットの登場で、今まで特定の人達にしか許されなかった様々なことが、
いきなりすべての人にオープンになった。 その一つが「情報発信」。 今までメディアとか、権威ある頭いい人たちしか出来なかったこと、 自分の意見を主張し情報を発信するってことが、 ブログを通して、ホームページ、SNS、twitterなんかを通して誰にでも出来るようになった。 テンプレート使ってそこらの雑誌みたいなかっこいい文章ドキュメントつくったり、 メールを用いて今まで手作業で業者が送ってたDMのようなものを個人が一瞬で送れるようになった。 ラジオだって今すぐ自分ではじめられるし、 動画だって手軽に世界に向けてアップ出来る。 最近は携帯のムービーを使ってリアルタイムの生中継すらできるようになってるらしい。 なんかの記事で、 「今の時代に生きる人達が得る1日の情報量は、100年前の人達が一生涯に得る情報に匹敵する」っていうのを目にした。 どれだけ信憑性ある情報かしらないけど、とにかく今の時代の情報量がハンパ無いものだってことだよね。 確かにそうだよな。 朝歴史のクラスで300年の月日の流れを学んで、 家帰って来たら最新のテクノロジーを勉強する。 毎日地球の裏側の日本のニュースはリアルタイムで飛び込んでくるし、 もう今検索して見つからない情報なんてない。 ここ数年間で起きたこの変化って 考えてみると実はめちゃめちゃでかいことなんじゃないかなって思う。 今まで受けるばっかりだったおれら一個人が、 いまやぱっと思いついた時に瞬間的に世界に向けて情報を発信出来るようになったって言うのこと、 そして無数の情報に一瞬でアクセスできるようになったってことは何を意味するんだろうかってちょっと考えてみた。 とりあえず 情報発信の敷居が低くなったわけだから お手軽に、アホなことでもどんどん発信していけるようになったってことだよね。 今まで人に言うことのほどでもないことや、 どうでもいいこと考えて妄想していた人が、 それをオープンにすることができるようになった。 いや、本当は言いたくてしょうがないことをもってた人達、 でもその方法が無かった人達も大きな世界に自分達の言葉を届けられるようになった。 それってすごいうれしいことなんだけど、 今度は情報を収集する立ち位置から考えると、 溢れるばかりの情報が手に入る。 ↓ 情報が多くなるってことは同時に質の低い情報も溢れることを意味する ↓ 洪水のような情報の中から質の高いものを選び出す能力、 本当に大切なものをつかみ出し、それを整頓する技術がマストになる。 ↓ 数ある情報の中から必要なものを抜き出して体系化する技術を身につけられると、 どんなマイナーなことでもすぐに博学になれる(昔の人の何年分の研究を一瞬でゲットできる) ↓ 情報を賢く得る人はどんどん博学になって、質の低い情報で無意味に時間を潰す人との知識の差が大きく広がる。 ↓ 出来る人出来ない人の格差が大きくなる。 ↓ それが経済格差になって現れる。 持ってる人はより多く与えられ、持ってない人は持ってるものまで取られる。 っていうのはこういうことかなぁ なーんて、難しいこと考えてるふりしてみた「情報発信」。 気軽に考えたこと形にして発信出来きるのってやっぱり楽しい。 ツトム ↓ にほんブログ村 |



























































